自分株式会社には、三つの事業部があります。その第一が、本業です。
このブログを始めた理由でも書きましたが、当社は勤務先を「雇い主」ではなく**「最大の取引先」**と位置づけています。給与は当社の最大の収益源であり、副業の元手も、積立の原資も、すべてここから出ています。
では、その第一事業部はこれまで何をしてきて、これからどこへ向かうのか。今回はそれを書きます。
目次
- 新卒から1社でも、キャリアは一つではない
- 「やりたい仕事」ができなかった話
- 38歳で管理職になって変えた考え方
- 転職するかどうかを、あえて決めていない理由
- 会社に依存しないために今やっている2つのこと
- 第一事業部の中期経営計画
新卒から1社でも、キャリアは一つではない
新卒で入社した会社に、今も勤めています。途中、親会社への出向を2年ほど経験しましたが、転職はしていません。
「新卒から1社」と聞くと、同じ仕事をずっと続けてきたように思われるかもしれません。実際には、まったく違います。
これまで担当してきた業務を並べると、こうなります。
- エンド営業
- マンションの計画業務
- 宣伝計画の企画
- 法人営業
- 新規事業を含む事業企画
- 開発不動産の用地取得業務
- 保有不動産のアセットマネジメント
一つの会社にいながら、これだけ違う仕事をしてきました。当時は「また異動か」と思ったことも正直あります。
けれど今になって思うのは、これはかなり恵まれた経歴だったということです。
「やりたい仕事」ができなかった話
強く希望していたのは、新規事業の企画でした。
結果として、そこに携われたのは2年ほどです。短い。当時は「もうこの会社では、やりたいことはできないのかもしれない」と感じ、辞めることを考えた時期もありました。
その気持ちが変わったのは、少し引いて自分の経歴を眺めたときです。
エンド営業も、企画も、法人営業も、用地取得も、アセットマネジメントも——**やっていることの本質は、どれも「顧客の課題を解決すること」でした。**手段や相手が違うだけで、構造は同じです。
そう気づいた瞬間、「やりたい仕事ができなかった経歴」は、「同じ課題解決を、あらゆる角度から経験できた経歴」に変わりました。事実は何も変わっていません。解釈が変わっただけです。
自分株式会社の言葉で言えば、事業ポートフォリオが自然と分散されていたということになります。一つの職種しか知らない人材より、はるかに応用が利く。今はそう考えています。
38歳で管理職になって変えた考え方
管理職になったのは38歳ごろ。その後、より広い範囲を任される立場になりました。
管理職になる前後で、はっきり考えを変えたことがあります。
誰かの力を借りなければ、いい仕事はできない。
当たり前のようですが、担当者時代の感覚のままだと、これがなかなかできません。「自分がやった」という手応えに執着してしまうからです。自分で手を動かしたほうが早いし、成果も自分のものになる。
けれど、それを続けている限り、大きな仕事は回ってきません。ステージが変わると、勝負しているゲームの種目そのものが変わる。 担当者のゲームは「自分がどれだけできるか」ですが、管理職のゲームは「メンバーにどれだけ活躍してもらえるか」です。
そこからは、メンバーに活躍してもらうことに力を注いできました。結果として、メンバーの成長にとっても、自分の成長にとっても、これは正しい判断だったと思っています。
転職するかどうかを、あえて決めていない理由
さて、ここからが本題です。
今後のキャリアについて、私は今の会社に残り続けるとも、いずれ離れるとも決めていません。
これは優柔不断ではありません。決めないことを、意図的に選んでいます。
このブログの定款にも書いた通り、当社は「発言」と「離脱」という二つを重視しています。
- 発言とは、間違っていると思うことに声をあげること
- 離脱とは、間違っていると思う場所から離れること
会社員の多くは、離脱のカードを持てません。生活がかかっているからです。そしてカードを持たない人間の発言は、どうしても弱くなります。上に本当のことを言えない管理職を、私は何人も見てきました。
だから当社にとっての最重要課題は、辞めることではなく、辞めようと思えば辞められる状態を作っておくことです。
カードは、切るために持つのではありません。持っていること自体に意味があります。
そして、そのカードを持ったうえで「それでも今の会社で価値を出す」と選べるなら、それが一番いい形だと思っています。会社に残ることと、会社に依存することは、まったく別のことです。
会社に依存しないために今やっている2つのこと
方向を一つに決めていなくても、やるべきことは決まっています。**社内でも社外でも通用する力を伸ばすこと。**これに尽きます。
具体的には、二つです。
会計・経営の知識を、社外で学ぶ
グロービス経営大学院で、経営に必要な知識を学んできました。ここで得た会計の知識は、日々の業務でも、自分株式会社の運営でも、そのまま使えています。
このブログで貸借対照表や純有利子負債といった考え方を使っているのも、この延長線上にあります。会社のために学んだことが、自分の資産管理にも効いている。 これは学ぶ側から見ると、かなり効率のいい投資です。
組織を動かす方法を、本と現場の往復で学ぶ
組織をどう動かすかについては、書籍で学び、実際の現場で試す。これを繰り返しています。うまくいくこともあれば、まったく通用しないこともあります。正直、日々悩みながら進めているのが実態です。
ただ、この「本で学んで、現場で試す」というサイクルは、20代からずっと続けてきた習慣です。知っているだけでは何も変わらない。やってみて初めて、自分のものになる。
第一事業部の中期経営計画
まとめると、第一事業部の方針はこうなります。
1. 取引先には、誠実に価値を提供し続ける
辞めるかどうかを決めていないからといって、手を抜くという話ではありません。むしろ逆です。取引先に選ばれ続けることが、当社の収益基盤そのものです。
2. 自社の「単価」を上げる
スキルだけでは、評価にはつながりません。スキルを通じて信頼や評判を積み上げてはじめて、単価は上がっていきます。ここは意識的に取り組んでいく部分です。
3. どこでも通用する力を持ち続ける
これが、離脱のカードの正体です。会計の知識も、組織を動かす経験も、社内だけで通用するものにしない。そのために、社外で学び続けます。
4. 第二・第三事業部と連動させる
第一事業部が原資を生み、第二事業部が独立性を作り、第三事業部が時間を働かせる。本業の収益が、そのまま他の事業部の燃料になります。
会社依存度は、今もほぼ100%
とはいえ、現時点の会社依存度はほぼ100%です。カードを持っているとは、まだとても言えません。
新卒から1社。47歳。ここから何をどう積み上げていくか。それを毎月、月次決算として公告していきます。
※本記事は個人の経験に基づく記録であり、特定のキャリア選択を推奨するものではありません。


コメント